世界の崩壊


昔むかしのお話です。あるところに、それは小さな国がありました。そこには幼い王様と賢い側近たちがいて、一緒に政治を行っておりました。しかし……

 ―― ―― ――

 重い足音が近づいてくるのが聞こえた、その瞬間。
「フィア、隠れて!」
「分かってる!」
 フィアは大急ぎでベッドの下にもぐりこんだ。息を殺して様子を伺っていると、コンコンとノックの音がした。
「リオン様、お菓子をお持ちしましたよ」
 女の人の声。彼女は部屋へと入ってきて運んできたものを置き、二言三言話して帰って行ったようだった。
「もう大丈夫だよ」
 そう言われてフィアはベッドの下から這い出し、椅子に腰掛けていたリオンの隣に座った。
 リオンはこの国の王様だ。こう言うと何だか凄いことのようだけれど(実際凄いことなのだが)、リオンは国の仕事を何から何までやっているわけではない。彼がまだ小さい頃に前の王様だった彼のお父さんが亡くなってしまったので、彼はやむなく王様になったのだ。そんな彼を助けようと、賢い大臣たちがたくさん働いてくれている、とリオンは言っていた。
「今日のおやつはクッキーとキイチゴのゼリーだ、たくさんお食べ」
「わあ、相変わらずすごく綺麗。何だか食べるのがもったいない」
「私は君に食べてもらいたいよ、さあどうぞ」
 リオンは男の子だけれど、自分のことを「私」と言う。お世継ぎとして育てられたので、丁寧な言葉を教え込まれたのだそうだ。
 勧められるままにフィアはお菓子をほおばった。クッキーはいいきつね色に焼かれているし、ゼリーも光を通してきらきらと輝いていて、お菓子というより一つの芸術品のようだ。口に入れれば甘く溶けて、言い方が悪いが流石は王様の食べ物だ。

 ひとしきりお菓子を楽しんだ後で、フィアはベッドに寝転がりリオンはその端に腰掛けた。食べた後すぐ横になるのはいけないことだけれど、ここにはフィアをしかる大人はいない。そこにあったのは、何者にも侵されない子供だけの世界だった。
「ねえ、今日はどんな話をしてくれるんだい?」
「ええと、じゃあ大男のロブの話にしよう。前に父さんから聞いた話なんだけどね、ロブは若い頃……」
 リオンに促されてフィアは語り始める。リオンは王様だからもちろん城に住んでいるが、フィアはそうではない。フィアは城近くの貧困街に生まれ育った。リオンと遊ぶために、城の秘密の通路を使って(これはリオンが教えてくれた。外からリオンの部屋に直接繋がっていて、万が一城に敵が攻め入ってきたとき逃げるためのものらしい)よくリオンの部屋に通っているのだ。身分の遠く離れた二人が仲良くなるまでには様々ないきさつがあったのだが、それはまた別の話。
「・・・・・・それで、ロブは結局どうしたの?」
「フォッブズの仕向けられた喧嘩屋を全員殴り倒して、彼の家の前に積んでおいたんだって。『忘れ物だ』っていう札付きで!」
「うわあ、格好いい!」
 リオンはくすくすと笑う。そう簡単には城から出られない身分だから、外の話が面白く感じるのだろう。しばらく笑っていたリオンは窓の外を見てあ、と声を上げた。
「もう夕暮れ時だ。暗くならないうちに帰ったほうがいい」
「そうだね。それじゃお菓子をありがとう。また来るね!」
「ああ、私も楽しい話を待ってるよ」
 リオンの部屋の隠し扉を開け、通路を抜けたフィアは冷たい空気に身を震わせた。だんだんと冬が近づいてきているのだろう、日が暮れるのも日増しに早くなっている。
 夕日の赤い光の中を歩き、家に着いたフィアを迎えたのは母親の拳骨だった。
「いだっ!」
「どこをほっつき歩いてたの、早く中に入りなさい」
 厳しい態度とは裏腹に心配そうな表情を浮かべている母親にフィアは申し訳ない気持ちになった。
「友達のところに行ってたんだ……でも、まだそこまで暗くないよ?」
「お城の友達でしょう。もう、駄目だって言ったのに。言ったでしょう、お城の人たちは私たち貧しい人々をいじめているのよ」
「でも、リオ――友達はいじめてきたりはしないよ。すごく優しいんだから」
 言いかけた名前を何とか飲み込む。王様だとばらしてしまうのは流石に良くないような気がした。
「それでもよ。今の大臣たちは悪い人が集まりやすい貧困街を根絶やしにしようとしているわ。あなたがお城に出入りしていることがばれたら、殺されてしまうかもしれないのよ?」
 母の言葉にフィアは黙り込んでしまった。城に通うのが危険なことは理解している。けれど、いつもあそこにいなければいけないリオンのことを思うと、行かずにはいられないのだ。大臣たちが悪い政治をしていたって、リオンまで一緒くたにしてしまうのは嫌だった。また一方で、彼は大臣たちを信用しているようだから、大臣たちの悪口を聞くと彼の辛そうな顔を思い浮かべてしまうのも辛い。
色々な考えが渦巻くけれど、結局のところフィアの願いは一つだ。
彼を一人ぼっちにはしたくない。

 ―― ―― ――

 それが起こったのは、真冬のある日のことだった。
 両親に叱られながらも城に通い続けていたフィアは、その日もリオンに会いに行っていた。帰ってくると、家の周りに人だかりが出来ているのに気がつく。妙な胸騒ぎがして、フィアは人垣を掻き分けて前へと出た。
「……あ……!」
 人が二人、地面に仰向けで寝ていた。麻布がかけられていて、二人は既に亡くなっているらしいことが分かる。背格好からすると、この人たちは――……
 ゆっくりと震える手を伸ばす。見たくない、知りたくないと心が叫ぶのに、手は麻布をめくっていた。



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