絶句した。
 眠るようにして横たわっていたのは、フィアの父親と母親だった。思わず麻布から手をぱっと離し、フィアは立ち上がって叫んだ。
「嘘、嘘、嘘だ……!」
 がたがたと身体が震える。何も見たくないのに何故か目は大きく開いたままで、思うように身体が動かせなかった。
 ついに泣き出しそうになった時、フィアは後ろから誰かに抱きしめられた。
「ロ、ブ?」
 隣に住んでいる大男のロブだ。毛むくじゃらの顔を悲しそうに歪めていて、それを見るとフィアは心にまた新しく傷が出来たのを感じた。両親のあんな姿を見て、心は既にずたずただというのに。
「フィア、よくお聞き」
 ロブが小さな声で言う。
「フィアの父さんと母さんは死んでしまった――殺されたんだ。城の奴らに」
「城、の?」
 ぎゅっと心臓を握りつぶされたような気がした。
「そうだ。あいつら、気に入らないからって人を殺したんだ。道を歩いてただけだったのに! おかしいだろ、俺たちを護ってくれるはずの大臣や、そいつらに使えてる兵士が攻撃してくるなんて! もう限界だ。――だから、俺たちは決めた」
「決めたって……何を?」
「革命さ。王様を始め大臣たち全員をやっつけるんだ。ここ以外にも貧民街はあちこちにある。皆で戦えばきっとあいつらにも勝てる」
 王様も? それはリオンのことも殺すということだろうか。
「女子供は取りあえずとなりの国に逃がすんだが、フィア、お前は子供の中でも年かさのほうだ。こんなことをされて、敵を討ちたいだろう? どうだ、俺たちと一緒に革命を起こさないか」
 頭が働かない。革命に同意して頷いている人だかりが、どこか遠い世界のもののように思える。
「決行は明日の真夜中だ。それまでに心を決めておいてくれ。嫌なら誰かに隣の国まで送らせるから、無理はしなくていいんだぞ」
 そう言ってロブと人だかりになっていた人たちは去っていった。

 その夜、フィアは家の中では眠らずに、扉の前で冷たくなった両親の隣に蹲っていた。遺体を動かそうとしてくれた隣人の好意を断って、今晩だけは一緒にいることにしたのだ。どうせ、もうそんなに時間は残されていない。膝を抱え込んで小さくなっているフィアの中では様々な感情がせめぎ合っていた。
 父さんと母さんを殺されたのは悔しい。仕返ししたいとも思う。けれどそのために革命に参加したら、フィアはリオンまで失うことになる。リオンまでいなくなってしまったら、もう生きていける気がしなかった。
 膝を抱え込み、フィアはぼんやりと闇を見つめていた。しかしだんだんとその瞳は鋭い色を帯び、強い意志が溢れるようになる。

 次の日、月が空高く登る前にフィアは貧困街から姿を消した。

 ―― ―― ――

 フィアは必死で城へと走っていた。あちらこちらで上がる怒声と硝煙とが、ロブたちが城へと攻め入ろうとしていることを知らせる。もっと早くに出発すればよかった、とフィアは今更ながらに思った。
 ぐずぐずしている暇はない。戦いながらではあるが大人の足だ、下手をすれば自分がリオンを助け出す前に革命軍が彼を捕らえてしまうかもしれない。  父さんも母さんも逝ってしまったけれど。せめてリオンには生きていて欲しいのだ。

 駆けて駆けて、足がもげそうになるほど駆けた頃にようやくフィアはリオンの部屋の隠し扉の前にたどり着いた。荒い呼吸を何とか整えようとしていると、扉の先で最悪の事態が起こってはいないだろうか、と不安に押しつぶされそうになる。くじけそうな自分を叱咤して、フィアは扉を開けた。
「リオン……?」
 部屋の中にリオンの姿を認め、ほっとして涙腺が緩みそうになる。しかしその表情を見て、フィアの心は再び緊張で張り詰めた。
 リオンは、今まで見たこともないような険しい顔をしていた。そこには覚悟のようなものも浮かんでいて、子供でも彼は一国の王なのだという事実をフィアに突きつけた。
「フィア、帰るんだ」
 リオンはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「革命軍の大半は貧困街の者たちだと聞いている。こんなところにいたら、君の仲間にいらぬ誤解をさせてしまうかもしれないよ」
「何言ってるのさ、リオン……? ねえ、逃げよう。一緒に逃げようよ。早くしないと革命軍が来ちゃうよ」
「いいや、私は――」
 ゆっくりとかぶりを振るリオンに言い募ろうとしたその時。
 轟音と共に扉――隠し扉ではないほうだ――が吹き飛び、革命軍が現れた。
 ロブたちだった。
「フィア……? どうしてそんなところにいるんだ?」
 驚き半分、失望半分といった表情でロブが話しかけてくる。そういえば自分が城へと遊びにいっていることは家族以外知らなかったのだっけ。奇妙に冴えた頭でそんなことを考えていたら、リオンがいつの間にかフィアの半歩前に立っていた。まるでフィアを護るかのように。
「この者は私とは一切関係ない。勝手に迷い込んできただけだ」
「随分と苦しい言い訳だが……まあ、そんなことは今はいい。大人しく捕まってもらいましょうかね、王様」
「端からそのつもりだ」
 その言葉を聞いて、フィアの頭がようやく動き始めた。
「待って、ロブ! リオンのことどうするつもりなの……?」
 叫ぶフィアを見やって、ロブは少し困ったような顔をした。
「どうって――」
「私は殺されなければいけないよ。出ないと革命の意味がなくなる」
 答えたのは諦めたような微笑を浮かべているリオンだった。噛み付くようにして彼に問いかける。
「革命の意味って、どういうことだよ!?」
「トップを倒さないと、完全な革命は成されない。一度始めてしまったら、もう誰に求められない。そういうもんなんだよ、革命ってのは」
 今度はロブが苦々しげに答える。大臣たちの責任を取るのも王様の仕事なんだ、とリオンが小さく続けた。どうしても状況が変わらないことを感じ、フィアは決意を固めた。出来ればこれは使いたくなかったが、仕方ない。
 ロブの合図で革命軍がリオンを取り押さえようとした時。
「それ以上近づくな!」
 鋭い声が響いた。声の主――フィアに皆が注目する。
 フィアはナイフを構えてリオンを庇うように立っていた。相手を睨みつけたままじりじりと後退し、フィアはリオンの腕を引っ張って隠し扉の奥に駆け込んだ。あっけに取られたロブたちは動くことが出来なかった。

 フィアはリオンをつれて秘密の通路を走っていた。手が震えているのを感じる。刃物で人を脅したことなんて、当たり前だが初めてだった。通いなれたはずの通路がやけによそよそしく感じられる。
 そんなフィアを、リオンは心配そうに見つめていた。

 やがて通路を抜けて外を出たところで、フィアはリオンに向き合った。瞳を覗き込んで語りかける。
「ね、逃げよう。子供二人でどこまでいけるかは分からないけれど、でも何とかして生き延びようよ」
 リオンは優しく微笑んだ。
「分かった、私はフィアについて行こう。どこへでも一緒だよ」
 星々の光が、頼りなげな二人を照らし出していた。


2011.03.11

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