プロローグ


 ついてない。
 乗客の少ない電車の中でぼくはため息をついた。この状況をなんと評していいか分からない。
 事の始まりは一週間前に遡る。急な両親の海外出張が決まって――両親はそこそこ売れているデザイナーで、海外での仕事も時折入るのだ――僕はいつものように留守番をするつもりでいた。今までは学校があるから一人で家にいたのだが、今回は幸か不幸か夏休み直前という時期だった。お母さんの言葉がよみがえる。
「今度の出張、ちょっと長くなりそうなのよ。二週間くらいかしら。ずっと一人にさせるのも心配だし、せっかくの夏休みなんだから健太もお祖母ちゃんの家に行って来たら?」
 お祖母ちゃん、とは母方の祖母のことだ。お祖母ちゃんにはほとんど会ったことがない。お母さんとお祖母ちゃんの仲があまりよくないのだそうで(お父さんは二人とも意地っ張りなのだと言っていた)、四歳のとき以来帰省していないのだ。そんなところへいきなり行っても気まずいだけだろう。本当は行きたくなかったけれど、お母さんの顔を見ていたら抗議するのもなんだか面倒になってしまって、諦めて「分かった」と言ってしまった。

 乗客の少ない電車の中でぼくはため息をついた。この状況をなんと評していいか分からない。
 事の始まりは一週間前に遡る。急な両親の海外出張が決まって――両親はそこそこ売れているデザイナーで、海外での仕事も時折入るのだ――僕はいつものように留守番をするつもりでいた。今までは学校があるから一人で家にいたのだが、今回は幸か不幸か夏休み直前という時期だった。お母さんの言葉がよみがえる。
「今度の出張、ちょっと長くなりそうなのよ。二週間くらいかしら。ずっと一人にさせるのも心配だし、せっかくの夏休みなんだから健太もお祖母ちゃんの家に行って来たら?」
 お祖母ちゃん、とは母方の祖母のことだ。お祖母ちゃんにはほとんど会ったことがない。お母さんとお祖母ちゃんの仲があまりよくないのだそうで(お父さんは二人とも意地っ張りなのだと言っていた)、四歳のとき以来帰省していないのだ。そんなところへいきなり行っても気まずいだけだろう。本当は行きたくなかったけれど、お母さんの顔を見ていたら抗議するのもなんだか面倒になってしまって、諦めて「分かった」と言ってしまった。
「嫌だ」と言うのは苦手だ。言った後の相手の困った顔や怒った顔を見ると、どうしていいか分からなくなる。だからいつもこういう役回りになってしまう。
 電車が止まった。どうやら目的の駅に着いたようだ。もう一度小さくため息をついて、僕は電車を降りた。


夏と僕。目次へ